Fresco
 
瑞慶覧かおりの描くフレスコ画について

~フレスコ画研究室~

 フレスコ画の魅力


レスコ画は、絵肌に入れ墨を施していくような絵画技法です。
塗りたての湿った漆喰壁に、接着成分を加えない生の顔料を直接のせ、漆喰が乾く過程で発生する石灰の炭酸化を利用して色を定着させています。
顔料が石灰の結晶の中に封じ込められて定着しており、美しい発色を長期間保ち続けることが出来る、唯一の絵画技法です。
漆喰が乾ききる前の、この限られた時間での彩色方法を、フレスコ画の中でも、ブオン・フレスコ技法といいます。

生き物のように、ゆっくり呼吸を続けていくフレスコ画の漆喰。
時間が経つにつれて石灰の透明化が進み、色材は馴染み、作品として熟成されます。
劣化、退色していくはずの絵画の宿命に逆らい、経年変化の時間軸を逆行していくような魅力があります。
2万年前のラスコーの洞窟壁画が、今もなお美しく残っているのは、これも天然のフレスコ画によるものだからです。
長い歴史と普遍性を持った絵画技法です。




漆喰シートに描くフレスコ・セッコ技法について


しかしこの魅力的な絵画技法は、ルネサンス期に全盛を極めた後、再び進展することなく現在にまで至ってます。
描く作家も少なく、日本ではあまり認知されていません。
その原因は、糊剤などを含まない天然素材のみで練り上げた漆喰モルタルを施工する左官仕事の難しさと、その漆喰が乾く前に描かなければならない、時間的な制約にあります。
もともと壁画技法のフレスコ画を、絵画仕様にパネル化する際の、厚みや重量の問題も、絵を飾る人にとっては求めずらいものにしてしまいます。


〇 フレスコ・セッコ技法による時間的制約の解決


ブオン・フレスコの描画時間(化学反応による顔料定着が可能な時間)は、下地が乾くまでの7~8時間程度です。
この時間的制約が、フレスコ画最大の難点でした。

この問題を解決するのが、フレスコ・セッコ技法です。
顔料+接着材(バインダー)でできた“絵の具”を使うことにより、漆喰乾燥後に再び色を重ねていくことが出来ます。
顔料定着をバインダーに頼る分、発色や色材の保存性は、ブオン・フレスコに比べると劣ります。

私は学生時代、カゼイン(牛乳の成分)を用いたセッコ技法を研究してきました。
このバインダーが、顔料の発色を最も邪魔せず、ブオン・フレスコに近い色味を実現できたからです。
カゼインによるフレスコ・セッコ技法も、古くからある信頼のおける技法の 一つです。
しかし、これに関する日本の文献、前例が少ないため、この用法を在学中、論文にまとめました。
専門家の貴重なご意見もあり、何度か改定を重ねて今に至りま
す。ご興味ある方は、ご参照ください↓

改訂版 カゼインによるフレスコ・セッコの処方箋


〇 漆喰シートを使った下地の軽量化、簡便化


2012年より、某化学メーカーの漆喰開発事業にフレスコ画家として関わり、漆喰や石灰製品の絵画用途開発に携わらせていただいています。
その中で、フレスコ画にも適した、薄くシート化した漆喰下地が実現しました。
工業的に、石灰と骨材をベース紙に圧縮塗布して作られた、厚さ1㎜以下の漆喰シートです。
同製品は、建材用途等で商品化されていますが、このシートを木製パネルに裏打ちすることで、より簡単にフレスコ画の下地を作ることが出来るようになります。
私はこのシートが工場出荷時の生乾きの段階で、1層目の彩色のみ、ブオン・フレスコで行っています。
シートの未硬化状態は、気密パックに入れて輸送することで、アトリエ到着まで保持されます。


〇 中世の石灰セッコ画の応用


従来のフレスコ画と同様に、漆喰シートが乾いた後は、顔料定着の化学反応も終わってしまいます。
その後の描画は、前述のようなフレスコ・セッコ技法で描く必要があります。

大学在学中は、上記論文にあるカゼインによるフレスコ・セッコの手法をとっておりましたが、現在は石灰をバインダーにして描いています。
少量の添加でも法外な固着力を発揮してくれる特別な消石灰を使い、それを顔料に加えながら、加筆していくという方法です。
接着剤に消石灰を用いるという点で、漆喰下地乾燥後も、石灰の化学反応を利用した顔料定着を行えるので、ブオンフレスコと同様の表現効果が得られます。

この方法は石灰セッコ画として、ロマネスクやゴシック時代のフレスコ壁画に素晴らしい前例があります。
それら中世の壁画は、適切な石灰の選択によれば、石灰と顔料のみの絵画層でも大きな耐久性、色材の保存性があることを示しています。
これはイタリアの沈殿槽に長く置き、専門的に湿式消和することで、ねっとりと熟成した当時の良質な石灰泥だからこそ、実現できたセッコ技法でした。こういった“熟成石灰”は、粒子が比較的小さいため結着性が強く、壁画層を完全な結合に導いています。

しかし当時使われていたような良質な消石灰に、今日ではなかなか出会いません。
特に、日本の乾湿消化によって作られた粉体の消石灰は粒子が大きく、結着性に乏しいため、セッコとして使用しても、指で擦ればすぐに取れてしまいます。また、石灰の白色化の影響を大きく受ける点でも、これまで消石灰のバインダー使用は一般的ではありませんでした。


これらの問題をクリアし、セッコに適した固着力をもつ特別な消石灰も、同メーカーによる開発品で、7年近く私のフレスコ画に使わせていただいています。
日本のメーカーが、イタリアの当時の“熟成石灰”を、化学的な視点から解明し、工業的に作りあげることに成功しました。
顔料に混ぜるバインダーとしては少量添加で良いため、石灰白の影響もほとんど受けません。
化学的な組成や仕組みについては、こちらでは詳細をご紹介できませんが、無機物素材を使って、古典に基づきながらも、新しいフレスコ画のスタイルを確立できる、大きな可能性を秘めた消石灰だと思っています。



光をまとう雲母彩色

下地の漆喰シートには、雲母(うんも、きら)という輝く鉱物が骨材として入っています。
また、フレスコ画の表面にも様々な粒径の雲母を、上記の消石灰を接着剤として彩色しています。

日の光が入る明るい場所に飾れば、朝から夕方にかけて、きらりきらりと輝いてくれます。
この技法による光学的魅力は、文章やHP画像では伝わりません。ぜひ実物をご覧いただきたいです。



フレスコ画の研究について

絵画の審美性は、その材料の化学的な秩序に支えられています。。
特に石灰の炭酸化を利用して描くフレスコ画において、素材の化学的研究・進展は、表現の可能性を格段に広げる要となります。

日本の技術力で、今の時代だからこそ描ける、新しいフレスコ画が実現しました。
①重く分厚い漆喰下地 ②漆喰が乾く前に描き切らなければならない時間的制約、
フレスコ画が敬遠されるこの2点の解決により、絵を描く人にも、飾る人にとっても、もっとフレスコ画が身近になっていくと思います。

私の発信力は微力ですが、ルネサンス期以降、衰退の一途を辿ってきたフレスコ画が、再普及することを願って。
この最も長い歴史を持った古典技法の、現代絵画における新たな可能性を、今後も探っていきたいです。    
          
瑞慶覧かおり


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その他の技法研究 
(主に在学中に作成したものになります)


各顔料メーカーごとの耐アルカリ性比較 
フレスコ画に使えない(アルカリ性で変色してしまう)顔料の種類が一目で分かります。

ホルベイン  マツダ  クサカベ ※クサカベピグメントのデータを更新(H25.2)

フレスコ・ストラッポの手順


透過光で見せるフレスコ画実験

絵画技法メモ 
(内容
テンペラ、金箔の貼り方、油絵具の手練り、グリザイユ技法、モザイク技法、板地
その他、絵画技法について。細かいことは記してありませんが、メモ的にまとめたものなのでご参考までに 


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