フレスコ画とは


フレスコ画の魅力

フレスコ画とは、下地の漆喰が乾く過程で発生する、石灰の炭酸化現象を利用して描く技法です。

展色材(絵具にするための接着剤)を必要とせず、顔料そのものの美しい発色を長期間保ち続けることが出来る唯一の絵画技法です。
消石灰が元の石灰岩に戻っていく過程の中で、顔料粒子が石灰の結晶(カルサイト)中に封じ込められて定着します。
まるで大理石に入墨を施すような制作工程、長期にわたる色材保存性が魅力です。
漆喰が乾ききる前の、限られた時間での彩色方法をフレスコ画の中でも、ブオン・フレスコ技法といいます。

生き物のように、ゆっくり呼吸を続けていくフレスコ画の漆喰。
時間が経つにつれて石灰の透明化が進み、色材は馴染み、作品として熟成されます。
劣化、退色していくはずの絵画の宿命に逆らい、経年変化の時間軸を逆行していくような魅力があります。
2万年前のラスコーの洞窟壁画が、今もなお美しく残っているのは、これも天然のフレスコ画によるものだからです。
長い歴史と普遍性を持った、世界最古の絵画技法です。



瑞慶覧かおりのフレスコ画について


しかしこの魅力的な絵画技法は、ルネサンス期に全盛を極めた後、再び進展することなく現在にまで至ります。
描く作家も少なく、日本ではあまり認知されていません。それは、以下2点の大きな難点があるからです。

①下地施工の難しさと、漆喰の厚みや重量の問題。(輸送が困難)
②漆喰が乾く前に描かなければならない、描画時間の制約。

この2点の問題解決のため、大学卒業後2012年より、株式会社トクヤマの漆喰開発事業と共同開発契約し、漆喰や石灰製品の絵画用途開発に携わらせていただいています。また、開発品を自身の制作にも取り入れ、新しいフレスコ画表現として提唱しています。以下詳細です。


■ナノ粒子の消石灰によって、フレスコ画の問題を解決


㈱トクヤマは世界に先駆け、粒径を極限まで微小かつ高濃度、低粘度にした消石灰スラリー「微粉砕消石灰(カルセッター)」を製品化しました。
通常の消石灰は、平均粒径5~20μmですが、これはそれよりも格段に小さい0.1~0.5μmの消石灰です。(平均粒径0.23㎛)
フレスコ画の消石灰は、微粒子であるほど高反応(炭酸化反応が良く)で良質、少量添加でも強い結着力を発揮し、フレスコ絵画層において堅牢な画面を作ってくれます。
この開発技術を基に、漆喰下地の薄層化形成と消石灰によるセッコを実現し、以下①②によってフレスコ画の難点が解決されました。


①漆喰シートによる下地の軽量化、簡便化

微粉砕消石灰を、通常の漆喰モルタルに添加することで、より石灰の炭酸化反応が良くなり、結着性のある強固な下地が出来上がります。
消石灰の優れた固着性は、漆喰下地を薄く軽く仕上げる際にも役立ちます。骨材は小さく、層は薄くでき、下地材も選ばないので、漆喰の厚みを1㎜以下に抑えることも可能です。このことから㈱トクヤマは、微粉砕消石灰をベース紙に圧縮塗布することで、シート状の漆喰を工業的に作ることに成功しました。
同製品は、漆喰壁紙として商品化されていますが、このシートを木製パネルに裏打ちすることで、より簡単にフレスコ画の下地を作ることが出来るようになります。
私はこのシートが工場出荷時の生乾きの段階で、1層目の彩色のみ、ブオン・フレスコで行っています。
シートの未硬化状態は、気密パックに入れて輸送することで、開封時まで炭酸化は進行せず、いわゆる「フレスコ漆喰の生乾きの状態」が保持されます。


②セッコによる時間的制約の解決。微粉砕消石灰の展色材使用について

フレスコ・セッコとは…
ブオン・フレスコの描画時間(化学反応による顔料定着が可能な時間)は、下地が乾くまでの7~8時間程度です。
この時間的制約が、フレスコ画最大の難点でした。

この問題を解決するのが、フレスコ・セッコ技法です。
顔料+展色材(接着剤)でできた“絵の具”を使うことにより、漆喰乾燥後に再び色を重ねていくことが出来ます。
これまで、フレスコ画のセッコには、顔料の発色に最も影響を与えない、カゼインを用いることが推奨されてきました。
私も在学中はこの用法で描いており、制作方法を以下にまとめています。

<改> カゼインによるフレスコ・セッコの処方箋.pdf

しかし他の絵画技法同様に顔料定着を展色材に頼る分、発色や色材の保存性は、ブオン・フレスコに比べると劣るものになります。


■中世の石灰セッコ画や、メッゾ・フレスコ画の応用


セッコの展色材に消石灰を用いれば、顔料定着は石灰の炭酸化により行われ、ブオン・フレスコと同じ色材保存の仕組みで描くことが出来ます。
フレスコ画の歴史から見て、展色材としての石灰使用は、ルネサンス期以前の中世の石灰セッコ画に多くみられるのです。
ブオン・フレスコが確立されるまで、石灰と顔料を混ぜて描くのがフレスコ画でした。
しかし、白色の色材としても使用されてきた石灰を混ぜるわけですから、画面は明白色化し、明度は高く彩度は低い色彩になってしまいます。


そのため、ジョットによってブオン・フレスコ技法が完成した後は、石灰は専ら下地のみに使われるようになり、その後は、制作時間延長として考案されたメッゾ・フレスコ技法として、展色材使用されてきた歴史があります。
ブオン・フレスコと同じく、石灰の炭酸化過程で生じる結晶(カルサイト)の中に、顔料粒子が封じこめれて固着するので、当時の石灰セッコ画やメッゾ・フレスコ画は、今でも美しくその姿をとどめています。

これらは、イタリアの石灰沈殿槽に十分寝かして作られた、良質な消石灰を顔料と混ぜて描かれたようです。
大きな消石灰のプールに長年寝かすことで、上層の石灰泥は微小粒子になっていったと考えられます。
しかしこのような熟成石灰に、今日ではなかなか出会いません。
通常粒子の消石灰を骨材なしに使用すると、画面は脆くひび割れてしまいます。

㈱トクヤマは、当時のイタリアで作られていた熟成石灰よりも、遥かに微小な消石灰を工業的に作ることに成功し、明白色化しない石灰セッコ画を実現させました。微粉砕消石灰の展色材使用における特徴と利点は以下です。

①    優れた固着力により、顔料への添加はごく少量で良く、石灰白の影響をあまり受けない。

②    高濃度、低粘度に配分調整されたスラリー状で、顔料を溶いてそのまま描ける。無機顔料、有機顔料共によくなじむ。

③    顔料との配合比に決まりはなく、塗り重ねが可能で、実地において使用は簡便。

④    漆喰以外の素材へも強い結着性を示し、平滑地にも固着するので下地に目荒らしが不要。下地を簡素化できる。


無機物素材を使って、古典に基づきながらも、新しいフレスコ画のスタイルを確立できる、大きな可能性を秘めた消石灰です。
私は、フレスコ・セッコにおける、最新かつ最善の展色材として、微粉砕消石灰を10年以上使っています。
開発当初は公にできないものでしたが、公開可能となった2019年から、この消石灰を使った新しいフレスコ画を広めていければと考えています。
上記開発品を使った新しいフレスコ画の可能性について、母校、武蔵野美術大学の大学院授業で講義をした際のレジェメにまとめています。
ご興味のある方はご参照ください。

武蔵美フレスコ画講義レジェメ.pdf


フレスコ画の研究について

作品の審美性は、正しい材料の科学によって支えられています。
素材や技法の研究は、絵画を物質的側面から理解し、表現を進展させていく上で重要な作業です。
絵画技法は、時代や文化、技術の発展と深い関わりを持ちながら、常に合理的に変遷してきました。
古代の人間が、洞窟の壁に絵を描き始めたことから始まり、どの時代の芸術家も目指す表現の目的に合わせて、独自の画法を模索してきた歴史があります。


フレスコ画においても、この技法における発明の豊富さに限界はありません。
そしてその要となるのは、やはり石灰であり、最新化学によりこの素材が粒子レベルで進展したことは、絵画技法の歴史においても、大きな革命なのだと思います。
日本の化学技術力で、今の時代だからこそ描ける、新しいフレスコ画が実現しました。
①重く分厚い漆喰下地 ②漆喰が乾く前に描き切らなければならない時間的制約、
フレスコ画が敬遠されるこの2点を解決したことにより、絵を描く人にも、飾る人にとっても、もっとフレスコ画が身近な存在になっていくと思います。


私の発信力は微力ですが、
ルネサンス期以降、衰退の一途を辿ってきたフレスコ画が、再普及することを願って。
この最も長い歴史を持った古典技法の、現代絵画における新たな可能性を、今後も探っていきたいです。    
         


 
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その他の技法研究メモ 
(主に在学中に作成したものになります)

各顔料メーカーごとの耐アルカリ性比較 
フレスコ画に使えない(アルカリ性で変色してしまう)顔料の種類が一目で分かります。

ホルベイン  マツダ  クサカベ ※クサカベピグメントのデータを更新(H25.2)

フレスコ・ストラッポの手順

透過光で見せるフレスコ画実験

絵画技法メモ 

(内容
テンペラ、金箔の貼り方、油絵具の手練り、グリザイユ技法、モザイク技法、板地
その他、絵画技法について。細かいことは記してありませんが、メモ的にまとめたものなのでご参考までに